つづき

ヒロト君は 細長い下剤と丸い胃の薬を処方してくれた

 強い薬を飲んだことで胃を荒らし

お尻の傷んでいるうちは訓練ができない と云うことで尚更にマヒ度を高めたんだろう

と 落ち着いた声で言ってくれた

下剤も沢山飲んでいるから

 もし 出過ぎるようだったら

細長い こっちの薬を控えてね

と丁寧にアドバイスしてくれた

・・なんでこんなに下剤を飲んでいるのにきっちり出ないのか・・と

最近 流動食以外に口にしている 『ガム』が悪いのかなあ と聞いてみた

そうすると

  ガム  イイんだよ

アメリカでは術後すぐの患者さんに ガムを噛ませるんだ(^^♪

と わが意を得たり!! という ちょっとかわいい顔をしたりしてくれた^^v

7月31日にヒロト君の外来を予約して

処方してもらったお薬を飲んで

先週の金曜日には 皮膚科のドクターにも


     『完治』  よく頑張りました!!wine

と云ってもらえて!!

気がついたら 私はこの2か月近く 通所していても声さえ出せず

ぼーっとして過ごしていた

いつも同じに過ごす って 難しい

手を抜こうとすれば どんどん抜けるし

がんばることを忘れていく


そして ヒロト君は こうも言った

  見舞いされる立場の人が見舞いになんか行っちゃいけないんだ

     ちょっと背中を固くして 云い切ってみせてくれた 。。

   夏の霜いま吾に降れ生きる道

          台所のキフジン 元気!!ですapple

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昨日から

おかあさんのお見舞いに行って

抗生物質の効かない菌にかんせんしちゃったおかあさんを  かわいそオ〜 ナンて云ってたら

とんでもない!!(>_<)

自分が 感染しちゃって。。。。。

もう」 こうやって ヒトはヒトじゃなくなるんだなぁ〜  って体験 経験 痛い思いをして

昨日から やっと 前と同じ生活パターンに戻ることができた

戻らなくてもイイって云えばイインダケド

無理やりでも 戻さなきゃ!!

わるくなるのはいつでも悪くなれるんだから

ということを めちゃくちゃ 一生懸命説明してくれる人たちが居て

  言葉で言ったら簡単なんだけど ・・

感染するまえととオナジ在宅の日程に戻ることになった

ワタシみたいに 介護を必要とする人の生活は

普通の人のそれとは比べ物にならないスピードで 奈落へも何処へでも落ちていくコトを

今回嫌というほど身に染みて感じてしまった

 ・・ とにかく ものが考えられなくなった

最初に感じたのは

  『漢字が書けない』

  という普通のヒトだったら 笑って済ませられるようなことだった

もともと ひらがな が好きで  私の俳句にはひらがなの句が多いのだけれど

はっと 気がつくと 投句葉書に見えるのは ひらがな ・・ ばかり だった

いまは 多発性脳梗塞からの認知症を患っている母が そうであったように

いつも ぼーっと テレビを見ていた

   おかあさんとオナジ私が居る!!

その恐怖に駆られて とっさに テレビを消した

ヒトはミンナ 認知症になるのよ

そう云っていた すずかけのドクターの顔が浮かんだ

  あ〜 わたし このままじゃ ダメになる

怖かった

皮膚科のドクターは 

痛みから逃れようと ものを考えない状態を作り出すような

  そんな発作を起こしているんだよ

  と  治れば 治るから と 優先順位を痛みに持ってきて 治そうね

  と 優しく云ってくれた

 一気に痛みを治療するために飲んだ薬が!!キツカッタ

去年の暮れにイレウスで入院治療を受け

今もって  食形態は 流動食  のわたしの 胃  にめちゃくちゃな打撃を与えてくれた

ダメだ ・・ ヒロト君のとこ行って来なくちゃ!!

と 慌てて 予約を入れても 採れたのは 一週間以上先 ・・ だったと思う

結局

  あまりの 胃 の痛さ イレウス怖さに

介護タクシーを頼んで ヒロト君の病院へ 救急外来として駆け込む羽目になった

待ちますけど

  何日か先に 予約 ありますけど

もう きっとたぶん親切心で言ってくれてるんだと思うけど

ン日か先じゃ待ってられないから!来たんです!!

と 車イスのワタシは 一人救急外来受付で やっとこさっトコ受け付けてもらえるところまで行った

そして順番を待っていると

案外早く 看護婦さんがやってきてくれて

診察の前に レントゲンと 採血 しておきましょう

と 車いすを押して 連れて行ってくれたりしていた

検査が終わって

2階 外科外来 へ戻ってみると

(^O^)/

ナンと なんと!! びっくり!!

ちゃきちゃんが!!

来ていてくれていた!!!!!

  オモワズ  ちゃきちゃん 〜 ($・・)/~~~

  とか 大きい声で言ってしまった

ご主人来ていてくださったんですね(^^)/

  と 車いすを押していてくれた可愛い看護婦さんが優しく云ってくれた!!

そして小一時間も待っただろうか

時間がかかってもイイですか??

と 念押しされた割には案外早く呼ばれて

消化器内科の若いイケメン風の先生のお話を聞いた

イレウスと云うのは 小腸が詰まることを云うんですが

小腸にガスは溜まっていますが つまってはいません

大腸は ・・・・ お薬出しておきましょうか ・・・・

外科の予約が入っているので お薬は そのときでいいですね

水分をたくさん摂って 動くようにしてください

  気を付けてね

  というような お話し だった と思う

ちゃきちゃんは 救急外来でヒロト君の病院へ行ってきます という私のメールを見て

会社から帰ってきてくれたのだそうだ

会社の人たちが 行ってやれ  と云ってくれたそうで<(_ _)> アリガタイデあります!!



その 救急外来へ行ったのが火曜日で 金曜日に皮膚科の受診をして

次の週の月曜日はデイケアをお休みして

100回以上電話してやっと予約できた

ヒロト君の外科外来へ行ってきた

ヒロト君は

救急外来に来たんだって??

と聞いてくれた

 ・・だって 予約の電話がやっとつながったのが火曜日で

月曜日の予約しか とれなかったんだもん!!

と ちょっとふてくされて見せた(*´▽`*)

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もうくたくた。。

最近 ついてない
ついてない って云うか

..老いが本性を現し始めてきている

子どものころから  バリバリ元気!!っていうワケじゃなかったけど

どうにか 普通に 。。明日好い日になあれsign03

ナンて いちにちを終えられたし 新しく始めようともできた

。。49歳の時に 結腸のところに癌ができても 迅速な発見 とはいえなくても

素早い 的確な 対応と手術でどうにか乗り切り

もう 術後13年 というトコロまで来られた

その手術から1年ちょっとで 脳内出血で車いすの生活となってからも

。。。。。もう!11年目になる 

お腹からとった癌も大きくて

脳内出血は 脳幹 と呼ばれる生きていくのに最重要だった場所にもかかわらず

私は生きて のんきに暮らしていた

それが どうしたわけなんだろうか 。。

もうすぐ 61才になる と云うときに

痛くないけど コリコリしてる

モグラ みたいに大きくなってしまった盲腸 を見つけた

その モグラ盲腸クンが引き起こしてくれた サブイレウス(>_<)

62才のお誕生日ケーキを食べながら??吐きまくった去年のイレウス

それでもまだ がんばるぞー!!ナンて思ってたのが気に入らなかったのか??

今年の5月の初めからの 猛烈なお尻の痛さshock

半身マヒで 車いすに座ってでしか 身動きが取れない私にとって

 お尻 の痛みは 靴擦れ とオナジ あるいは もっともっと悲壮感漂うものだった

何度も何度も受診して切開手術してもらっていても 思ったほどの効果はなく

検査をして 抗生物質の効かない細菌感染であることが分かった時には

3+ にまで毒は回っていたwheelchair 

10年通ったデイケアのベットで初めて横になって ここにベットがあったことを初めて知った

。。全身状態が良ければ 感染しない 日和見感染 って云うものなんだよdrama

先生は 優しく云って 

ゆっくり治そうね  と云ってくれた

お薬が変わって 今日は『経過良好』だね って云われて

すこし ホッとしているんだけど

年をとる  って こういうことなのかもしれないな って

ふっと 思ったりする

若いときだったら エイ!! やー!! って一撃でできたものが

時間が かかるし

  撃退しよう!! って気力がわいてこない

こわい!

無気力な世界が 少し見えた気がする(>_<) 。。

  痛くって夏の月食む黒き夜は     

          がんばるぞー!!!!! (^O^)/ run

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病院へ。。。

おかあさんが運ばれた って云う朝があって

それからの帰りは毎日9時過ぎ っていうちゃきちゃんが居て

金曜日に妹が明石から

同じ日にコドモ②が成田から

・・・・・

家へ来る途中に 寄った 病院の前の大きな通りで ・・

ふたりはばったり出会ったそうな

あっ!! と気づいて 飛びついちゃったわよ (/_;) と云う妹

。。。。。。びっくりしちゃった (';') と云う コドモ②

そんなこんなで

ちゃきちゃんが 一人で会わせるのは・・と心配した二人がラッキーすぎる偶然に救われておかあさんを見舞うことができた

そして 今日

止めたって聞かないんだからと云われていた妹のコドモ夫婦はやっぱり親の制止を聴かず

東名は空いてたけど 東京降りてからがひどかった

と云いながら車中2❓❓時間泊の疲れも見せず

あ~ぁ やっぱり来た(^_-)-☆

という感じで

私たちが病院についた1時半頃 ちょっと渋めの赤い車は現れた

入院一日目を見舞ってくれたコドモ①と

昨日おばちゃんに抱きつかれた!!コドモ②

ちゃきちゃんと妹とわたしの7人は

おかあさんの居る病室へと上がっていった

おかあさんは入院からまだ何日も経っていないのに ・・ 最初と比べたら 別人だ

と云わせるくらいに好くはなってきていた

妹が スマホに撮ってきたんですが・・と看護婦さんの許可をとって見せた画像にゥも反応して笑った ・・ ような気がした

妹のうちの ららちゃん という🐶小型犬を抱いた妹の連れ合いだった

ららちゃんですよ~ と云う妹の旦那がナンか可笑しかった(^_-)-☆

そのあと 少し経ってお昼を食べたり それぞれの最近のこととか話しながら先生を待った

ヒトは生まれて 生きて そしていつか 死ぬ

いきつづけることができたら  生きる ということに意味がなくなってしまう

担当の先生は若く たぶん 30代 の とても感じのいい 一生懸命に話してくれる人 だった

母が高齢であること

退院と云うより転院 という方法になると思うというコト

何種類もの検査結果  ここ何日かの経過 その色々を見せてくれながらのお話しだった

ちゃきちゃんが まず話し

ワタシも  自分がこんな状態でなければ ・・ と 思いのたけをぶつけた

ちゃきちゃんに エーコちゃんはあんなこと言わなくてもよかったのに って云われてしまったけれど

やっぱり 父のように家で面倒が見れていれば というのがわたしの本音だし

でもそれはできないことだった

妹はコドモ①に見送られ東京駅から明石へ帰り妹のコドモ夫婦は一泊してった方がイイよと云う声に

できるだけ 明石に近づいていたいから と 来た道を引き返した

コドモ①は妹を送ってくれて 阿佐ヶ谷へ帰り

コドモ②はひとり暮らしも身についた 成田へ帰って行った

わたしたちはミンナが送ってくれる中を 介護タクシーで家にたどり着いた

病院では納得しているはずの ・・年齢が行くと ・・・・・

という言葉に なんか 納得できないな((+_+))

なんて思いながら

そう云えば 60越えたら毎年入院してる!!ワタシ((+_+))ってそんな小さな現実に納得させられてしまった

「年」 という単位で 考えないでください そう云われて帰ってきて

 ・・みんな よく集まった ナ (-.-)

   と 感慨を深くしている

          台所のキフジン よりriceball

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連れてゆくもの・・

先週の土曜日日曜日とちゃきちゃんは久しぶりに車の運転をした

便利 という点で 車は最高!なのだが
危険 という点でも かなりのレベルの高さにはあると思う

何年か前車軸も曲がるような大きな事故を起こしてから
便利を優先するのはやめておこう ・・
という判断をして
どうしても 必要な時だけ

介護タクシー  をお願いするか
レンタカー を借りて
運転できる誰かが 運転しよう ということに決めていた
今回は
週末の介護タクシー利用はカナリ無理 ・・ なのと運転ができる人がちゃきちゃん以外に居なかった  という二つの理由が重なって
ちゃきちゃんに運転してもらいたくない!! と言い張っている私が折れる他なかった

先週の水曜日に 叔父が亡くなった ・・
母と一番仲良しの母のすぐ上の姉の連れ合いだった
その叔父とのお別れに 母を連れて行ってあげたい
そう思った私たちは 運転しない させたくない 気持ちを・・・・・飲み込んだ
やっととれた せり出してくる座席のついた 大きなワンボックスカーは
運転席に ちゃきちゃんを乗せ  せり出した座席に私を乗せ
車いすからどうやっても立とうとしない母を抱きあげて 座らせて ・・

ちゃきちゃんの運転で お通夜 告別式と母を連れてゆくことができた

母は九人兄妹の五女  八番目で 戦争で亡くなった長兄以外みな健康で  父が七十で亡くなった時には皆が顔を見せていてくれた
が 今回 父が亡くなってから15年近くの間に 叔父の葬儀に参列できた兄妹は ・・
・・ 母 ・・ 一人になってしまった
あっという間に  と言っていいと思う
母はみんなに会えたことが嬉しいのか ・・
  悲しいのか ・・

声を掛けられるたびに 赤ちゃんのような 泣き顔になったりしていた

九人兄妹の残した家族はそれぞれにまた家族を作り
  わたしたちは 母を連れて 子供を連れて出席し
  また ある者は 孫を連れて と お祝い事の席にでもいるようにみな 心温めていた

初七日の法要の席で決まったことといえば

          『いとこ会』
              を しましょう!!

   お悔やみの席でしか会えないなんて ・・ よくないよ! だった

きっとまた会えるのは 誰かのお悔やみの席と・・
みな薄々感じてはいても ・・

  そうだね〜 『いとこ会』  しよう!!
     こんなにたくさん居るんだから!!

と 少しだけ元気をもらって帰ってきた

   何度もお母さんを抱き上げて  腰が痛くなっちゃった ちゃきちゃんにも 元気をプレゼントしなくちゃ ね

       骨ひろう箸銜えたる母のいて

                  台所のキフジン  

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終末医療 。。

母を看てもらっている特別養護老人ホームから月に一度

色んな領収書や「やすらぎ通信」 母の特養は 「やすらぎの里」さんという ので そこでの活動内容や母の調子を記してあるものが届けられている。

今回は 介護保険の改正 という大きな動きがあってそれに伴っての書類もたくさんあったのだけれど、 一枚 ぽろっと出てきた書類が 『終末期医療』 と書かれているものだった。
呑んだら 酔う  食べたら  太る  。。  と同じように
・・太らない人も居たりするけど
人は生まれたら  死ぬ

  それは 致し方ないことで
わたしも入所のたびに同じような質問をされていた
今回は 今年の秋には 84になる母について だった
・・・・・・・・・・・ ・・・・・

     終末期医療に対する 希望書

     ・・・・・・・・・・

  と あって
終末期とは ・・ と終末期の説明をし このプリントがなぜ出されたかという長い説明があった

  そして

・終末期と判断されたとき、どのような最期をご希望ですか?

4つの選択肢が用意され 
・やすらぎの里でできる限りの・・
・病院へ搬送し延命治療を受け・・
・病院に搬送し治療を受けるが あくまでも対処療法
・自宅で最期を看取る

     ・・・・・・・・・・

この4つの選択肢の中から、わたしは 3番目の
病院へ搬送し対処療法を  というのを選択した。

母とは目と鼻の先に居ても何もしてあげられない私と
知らせを受けても来るまでに半日はかかってしまう妹
妹が来るまで ・・ という 対処療法 の希望だった
もうひとつ

  やすらぎの里で心停止 呼吸停止の状態に陥った場合、できる範囲の救命処置を希望されますか?

・・・・・

・心臓マッサージ
・AED (心電図解析、電気ショック)
・人工呼吸(アンビューバック)
・酸素吸入 (3リットル以下)

  この4つの中から、わたしは 最後の酸素吸入を選択した
発見時 呼吸停止の状態であれば呼びかけて意識等戻らないようであれば見守り程度で結構です

  とも付け加えた


いつか絶対  誰だって  もれなく来るときといっても

この日 わたしは  疲れた 

  まだおかあさん生きてるのに  意識の中で別れてきたような気がして ・・・
     帰りの介護タクシーの中で涙が止まらなかった

ケアマネさんにも デイの看護婦さんにも話を聞いてもらって

     タイヘンだったね ・・tulip なんて ほめてもらったりしちゃった(・_・)

¥380の特養のお昼を一緒に食べてたらお母さんの手が伸びて私のごはんのところからスプーンですくっていた!!
お母さんが自分からスプーンを使う!なんて最近見たことなかった!!

一か月に一回は行くことにするよ(^_^)/

いつまでも元気でいてくださいね

    意思確認書を出し終えて
めっちゃ疲れた 台所のキフジンより _(._.)_ 

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60と1ヶ月です

最近なんかちょっと気になっているのは

・・アレ
 病院とかで見えちゃう ・・
○○才 。。ヶ月 っていう なんかちょっとイヤミったらしい感じもする
そんなこと書かなくったっていいじゃない!!
っていう あの表記 ・・・・・
(>_<)
あの 。。ヶ月 っていう アレ
まだ60になったばっかりだから 今はそうでもないんだけど
夏も過ぎてお誕生日の12月が見えてきたりすると俄然この何か月 っていう数字が心をチクリと刺してくる
。。才 8ヶ月  くらいのところまではまだ許せるんだけど9ヶ月  もう二桁になんかなっちゃったら
必死にぶら下がってる状態が見えてきちゃって ・・
去年なんか もう 59才10ヶ月 (>_<)なんて書かれてた頃には
ナによ!!コレ!!
アタシまだ 60じゃナインだからね!!
年より扱いしないでよ!!!
     還暦 ナンテ 蹴飛ばしてやるぅ~!!

とかナントカ思ってた頃もあったけどね
必死に足掻いてモガキ苦しんで??いたのに
今は還暦のお祝いにみんなで集まった記念の写真を一日に一回は眺めて60年の??感慨に浸ったりしている
年を取るって 老いる っていうことって
・・・・その時その時の自分に
          うまく寄り添うことができるようになる
って ことなんじゃないかなァ~ なんて思いながら15の年から知っている顔と大差ないネ^^v
と胸をなでおろしながら ・・ 60と1ヶ月の私は

うまく老いていかれそうかも・・(^_^.) ナンテ思ったりしている

  去年の「59才10ヶ月」は もう忘れることにするって決めた
            台所のキフジンよりbud

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久しぶりに 。。

昨日 1月2日

ひさしぶりに お義母さんとおかあさん に会ってきた

どっちが先に ・・ というちっぽけなことを 

指のささくれの様に感じてしまうので

メチャメチャ疲れるけど

ふたりオンナジ日に

お義母さんは お昼ご飯を一緒にできるように

おかあさんは 3時のおやつの時間に と

朝8時に起きて

9時45分出発!

お義母さんの居る老健に 11時到着

 。。 外出してお昼を一緒にしたいんですけど

   。。と この申し出に

ちょっと待ってね ・・ 飲みこみが悪いからね ・・

 と あちこち電話したりして

ドクターに OK の 確認をとってもらい

軽いモノなら ・・ 少しだけなら ・・ 30分くらいなら ・・

と いろんな注意事項をもらって

お義母さんwheelchairは ちゃきちゃんに押されて

ワタシwheelchairは 自前で お母さんとちゃきちゃんの後をついて

軽いもので 少しだけの 30分なんだけど

 ・・ キツイなあ ・・

と ちゃきちゃんがつい言ってしまうほど ・・

かなり 美味しくいただいてしまった。。v

約束通りだったら 12時には送っていかなくてはいけないお義母さんを

・・ 送ったのは 2時を過ぎていた

お義母さんの老健から

おかあさんの 特養へは 確実に1時間はかかる

それでも2日を逃したら お正月にも会いに来ない子供になってしまう

それは 嫌だった

車の中から特養の相談員さんへ 電話をかけた

  3時のおやつを一緒にしたいと思っています 

いま主人の母の老健から車でそちらへ向かって居るところです

少し3時には遅れてしまうと思いますが

  お出かけの支度を よろしくお願いいたします 。。

疲れたァ~!! って 家に帰ってお昼寝でもしたいとこだけど

おかあさんにお正月の おめでとう 云いたいし 、、v

お義母さんとのおひるごはんで眠くって意識も朦朧としている中

3時15分 おかあさんの特養へ到着した

  おかあさん 来られなくってゴメンね 。。v

おめでとう と云う前に

半年?ぶりくらいに顔を見たおかあさんに出ていた言葉だった

自分一人で動けたなら

何処にでも

ナンでも

おかあさんの

私の気の済むむようにできるんだけど ・・ って思いながら

そうじゃないから 続いてるのかも ・・とも思ったりしていた

私たちと会った時には 必ず神戸の妹のところへ電話をする

と云うのがおかあさんの楽しみの一つで

昨日も ・・ 電話しないの ??

と 聞いてきた

妹が電話でいくら呼びかけても

ほとんどなにも云ったりしないのに ・・

電話は ?? と 聞いてきた

 。。 そんな日には運悪く

妹の家電もケータイも娘たちのケータイも すべて 留守電 だった

何度か 電話をかけて メールもして

。。 今日は お出掛けみたいだね ・・ と云った私に

   。。 ふぅ~ん 。。

と云った おかあさんは 少しさみしそうだった 。。v

今年 おかあさんは82にお義母さんは83になります

ちょっと前まで 元気バリバリだったふたりなのに

ふたりとも車に乗るときは

ひっつき虫のように ちゃきちゃんに抱っこされて

小さくひょこんと座席へ丸まっています

  生きたいと生きられるかは別物で新しい春また逢えるよう

。。v

  昨日は娘と嫁さんだった

          台所 の キフジン より cherryblossom 

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四十九日 へ 。。

暮に お母さんの弟で

末っ子なのに跡取りなんだよ 。。

と苦笑いがいつもの

達彦兄ちゃん ・・ みんな そう呼んでいた ・・

彼が急に亡くなった

心臓も リュウマチも患っていたけれど

彼の死因は リンパ腫 というものだった

心臓が悪いから だるくて疲れているのは 当たり前

リュウマチがあるから 痛みがあっても当たり前 と

リンパ腫 に気付いたのは 亡くなる一週間前 だった

いつもみんなに優しくて 

俺は 跡取りだから 遠慮しなくていいんだよ 何でも云いな と

姪っ子の私にまで気を使ってくれて ・・

親戚中が彼を頼りにしていた

お通夜 告別式には ちゃきちゃんと私でお参りさせてもらった

この21日に 四十九日と納骨がある

最初は また 私たち夫婦で参加させてもらうつもりだったけれど

きっと お母さんが 生きてみんなに・・ 兄妹に会える 最後

この日が最後じゃないか って云う気がして

ちゃきちゃんにお母さんを連れて行ってもらう ・・ そうすることにした

お母さんが取り乱してしまったりすることがあると思うので

まず この思いを 施主である 達彦兄ちゃんの奥さんに聞いてもらった

もちろん 来てもらえたら うれしいは ・・ と応えてくれて

次は お母さんのケアマネさんだった 彼女に聞いてもらった

そうね 連れて行ってあげられたら そのほうが好いけど

つれて行くちゃきちゃんは 慣れてても 連れて来られる方が ・・

帰ってきてからも 大変よ

気持ちが昂っているから 施設の人に確認した方が好いワネ

このアドバイスをもらって

即 施設に連絡を入れたところ

ぜひ 連れて行ってあげてください

当日まで体調を崩さないように こちらも気を付けます

・・ という優しいこたえだった

帰ってきてからの気持ちの昂りが心配ナンですが

と云うと

私たちは プロですから お任せください

 と 胸を叩いてみせてくれた

21日は もう来週に迫っている

納骨にも立ち会うので

  やはり 式服 とまでは行かなくても 黒をと

施設の方へ 今週末には持って行き

当日は 職員の方に黒に着替えさせていただくことにした

お母さんは自分の兄妹と会うのは

お父さんの法事以来じゃないかな ?

お父さんが 2001年に亡くなって

それから みんなバタバタとあちらの世界へ逝ってしまった

30年前だったら 毎年誰かの結婚式があったけれど

最近は 毎年誰かの ・・ お悔やみごと で集まっている

どう逝くか逝かせられるか菊提灯

  私は 長女 の

          台所 の キフジン より 

                     。。。。。 night

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オンナジだね ・・

オンナジだね

お母さんこの頃 ばぁばとオンナジになってきたね ・・

なんて 云われることが多くなってきた

・・オンナジ ・・ 認知症 と診断された母のその最初の頃と

この頃の私の言動が似ている ・・ と云う

まぁ 確かに 脳内出血なんて患っていれば 将来 認知症ヮ確実 ・・

と云われても仕方ないんだけれど

私がイチバン恐れている状態を

精魂込めて ・・ 愛して 育ててきた 子どもに云われると

このまま死んでしまおうかとも思えるくらいの 

     ・・・・・  なんともいえない切なさが襲ってくる

云ったかもしれない と気づく ・・私も母に同じ言葉を・・ と

お母さん ナにやってんのよ 今じゃなくてもイイでしょ

 よく考えて もの言ってよね ・・ どうしたの ?? とか ・・

この  老いるということ  というカテゴリーは 私と母の 

母主体の関係を書いて行くツモリだったんだけれど ・・

今日ヮ 私の 老いるというコト ・・ になってしまった ・・・・・・・

と 一瞬怯むような自分も居るんだけれど ・・

やっぱり そんなに軟なオンナじゃ ナインです^^v

そうかぁ~ ・・

ほんじゃあ 認知症にならないように!!

がんばりましょうかぁ~!!

って ネ

ブルースウイルス さん でしたっけ??

彼ほどまでとヮイかないけれど

さぁ~ この次ヮどうしたら好いのかなぁ~ ??!! って

次の手を考えまくって ・・ みましょうか ・・v

 オナジだと 云われて知るや カナシミヲ

   。。 って ネ^^v

ナンテッタッテ

  最終兵器の

          台所 の キフジン より bud 

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